記憶に残る作品

寿屋 赤玉ポートワイン 小鳥のドレス篇

昭和のCF100選
寿屋とは現サントリー㈱、東映CMもまだ東映動画(現東映アニメーション)のCM製作部でした。NHK「みんなのうた」を数多く手がけた中村収一氏をデザイナーに迎え、ナレーションなし、音楽とアニメーションだけで60秒をメルヘン調に見せていく完成度の高い作品です。当時の東映動画からは多くのアニメーターが育ち、この作品を手がけた島村達雄氏(白組創設者)もその1人。この作品は日本初のカンヌ広告祭入賞を果たしました。(1962年作品)

旭光学工業 アサヒペンタックス 黒い男のブルース篇

 1964 ACC CMフェスティバル 金賞 (CM殿堂)
東映CM会社設立前、まだ東映動画(現東映アニメーション)のCM製作部だった頃の作品。東映動画のアニメーションの技術を遺憾なく発揮した作品に仕上がっています。そのポップなイラストも斬新でしたが、♪ペンタックス~ペンタックス♪という、サウンドロゴのような耳に残る音楽が高度経済成長で少し豊かになったお父さんたちの消費欲を大いに刺激した時代を代表する作品です。

森永製菓 エールチョコ 大きいことはいいことだ篇

昭和のCF参考推薦
「記録より記憶に残る」とはまさにこのCMのこと。時代の空気を読んだ「大きいことはいいことだ」は今なら流行語大賞間違いなし。今となっては羨ましいくらいストレートなCMです。ちなみに興味のある方のために歌詞の全文を紹介すると…『♪大きいことはいいことだ(ソレーッ!) ♪おいしいことはいいことだ ♪いいというのはいいことだ(ソレーッ!) ♪50円とはいいことだ (50円の板チョコ) ♪森永エールチョコレート』(1968年作品)

森永製菓 チョコベー 田舎篇

昭和のCF100選
当時まだ弊社社員であった山本嘉彦監督の出世作品。小学生であった私も、休み時間には友達と校庭でまねをし、チョコベーが見えたの見えないのと大騒ぎしていました。きっと同年代でこのCMを記憶していない人はいないでしょう。そのくらい子供たちにはインパクトがありました。「ピポピポピピー」というオカリナの音と「チョコベー」というおよそチョコベーのキャラクターとは似使わないナレーションが子供たちの心をとらえた作品です。(1972年作品)

本田技研工業 企業

知る人ぞ知る伝説のCM。当時は日本のCMに外国人タレントが出演すること自体が珍しい時代。「荒野の7人」「大脱走」などの大ヒットでブレーク中のスーパースター、しかもCM嫌いのスティーブ・マックイーンが出演することなど考えらなかった。CMではバイク好きの彼らしく、アメリカの広大な砂漠をホンダのエルシアノCR250で疾走するというもの。自由奔放にバイクを操る彼の姿をカメラは迫力の空撮で追いかける。大脱走のラストシーンを彷彿とさせるジャンプ。もうマックイーンファンならずともワクワクするCMに仕上がっています。まさに記憶に残るCMです。このシリーズは、この他にスカイダイビングするものや、家族で出演しているものなどと続きます。(1973年作品)

龍角散 トローチ 倉敷 初恋篇

昭和の秀作CF200選
「・・・と、日記には書いておこう」が流行語にもなったシリーズCM。後にプロンプター篇でACCグランプリを受賞することになる一ノ瀬監督と弊社カメラマン宮坂健二の名コンビによる傑作です。電車男、アキバ系が当たり前の現代なら、さしずめ「・・・と、ブログには書いておこう」といったところでしょう。ネットも携帯もない時代の淡く切ない恋を描いた作品です。(1974年作品)

龍角散 プロンプター篇

1978 ACC CMフェスティバル グランプリ受賞 (CM殿堂)
その昔、大泉の東映アニメーションに東映CM所有の小さなスタジオがあり、そこにセットを組んで撮影されました。企画アイディアもさることながら、限られたアングルの中で撮影されたにもかかわらず、画面外に歌舞伎の大舞台があるかのごとく広がりを持った作品に仕上がっています。数々の名作を残した一ノ瀬監督と宮坂カメラマンのコンビに間野重雄氏の美術が加わり傑作となりました。

松下電器産業 自転車 特訓篇

1979 ACC CMフェスティバル グランプリ受賞 (CM殿堂)
誰もが一度は経験する初めて自転車に乗れたときの喜び。そこに生まれるドラマ、感動。まさにCMのお手本ともいえる作品。現代のような過度な演出を排除し純粋に子供たちの演技だけで見せていく手法に、名村大作監督らしさがにじみでています。また名村監督は弊社で多くの若手を育てており、当時この作品に制作進行としてついていた加藤達也も今、企画演出部長として現在の弊社の若手を引っ張っています。この作品は同年、カンヌ金賞も受賞しました。

不二サッシ 企業 窓辺篇

1992 ACC CMフェスティバル ACC賞
すべては松永順平監督が持って来た1枚の写真から始まりました。スタッフは写真の場所を求め世界中をリサーチし、ようやく見つけたその風景はイタリアのコモ湖にありました。印象派の名画を忠実に実写化、ノスタルジックな音楽もあいまって独特の世界観を作り上げた秀作CMです。

松下電器産業 ナショナルのあかり おかえりなさい神戸のあかり篇

1995 テレビ広告電通賞
1995年1月17日午前5時46分兵庫県南部地震発生。阪神淡路大震災と呼ばれる大地震は、弊社大阪支社の社員たちにも大きな被害をもたらしました。親戚や家族が傷ついたり亡くしてしまった者、また東京出張で危うく難を免れたものの帰る家が倒壊してしまった者。そんな大阪支社の社員たちが広告主、広告代理店の人と心をこめて制作したCMが見た人の心に暖かい光を灯す作品となりました。演出は市川崑監督。監督とは10年前のナショナル洗濯機愛妻号「単身赴任」篇とこの作品で2度目の広告賞の受賞となりました。

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